ごはんがおいしい。

将来新潟に還りたい夫婦の生活記録

MENU

自己肯定感を高めるため「サボりたい」の語源を見つめる

今週のお題「サボりたいこと」

 

「サボる」という言葉は昔から苦手である。

「サボる」の語源は「サボタージュ(破壊活動)」であり、昨今使われている意味とはかけ離れている。しかし、日本で使われる「サボる」の意味を調べると「ずる休みをする」「怠ける」となる。

 

みんなが「あ~今日はサボりたいな~」と言う時、本当に「ずる休み」がしたいのか、本当に「怠けたい」のだろうか。僕はいつも疑問に思う。

 

それぞれの語句は以下の意味で用いられる。

「怠ける」とは「課せられた仕事や勉強などをまじめに行わないこと」

「ずる休み」とは「正当な理由がないのに怠けて休むこと」

 

これを先程の「あ~今日はサボりたいな~」の「サボり」に、それぞれの意味を当てはめてみると、「あ~今日は正当な理由がないけど、課せられた仕事を真面目にやらず、休みたい」と言い換えることが出来る(できているかな??)。

 

あなたが休みたいと思うに至るまで、本当に怠けていたのか、正当な理由など無いのだろうか。僕が疑問に思う点はここだ。

 

みんな歩幅は違えど「努力」を絶えずしている。

どんなに自堕落な人であっても、瞬間的な「努力」は怠っていない。

人により努力の歩幅は違う。これは他者から批判されようが、自分は認めるべきである。

 

努力を続けてきたなかで、「休みたい」と思うことは

本当に「怠ける」ことなのだろうか。

本当に「ずる休み」なのだろうか。

 

サボタージュ」には、日本で使われる意味ではもうひとつ「労働争議の戦術としての怠業」がある。

労働争議(労働条件を向上させるための活動)の戦術として、怠けているわけでないのであれば、あなた自身に対して「サボる」という言葉を使うのは、些か可哀想であると言える。

 

「自分は頑張っている」

このことを自分で認めてあげられなければ、もう一つ先に頑張ることもできない。

他者が認めない努力であろうと、自分は認めてあげるべきである。

これは能力評価や勉学の成績による評価基準とは別次元の話である。

 

自分が頑張ったところは自分で認め、他者からの評価も客観的に見つめる。

これが良い自己肯定感の高め方であると思う。

 

遠回りをしてしまったが、「サボる」は多くの人に相応しくない言葉であると思う。

今週のお題「サボりたいこと」の記事を書かれた皆さんには、「いつも頑張ってて偉いね!」とコウペンちゃんと共に賞賛を送りたい。

 

こんな感じですぐに難しく考える癖をサボりたい。

コウペンちゃん:るるてあさん(@k_r_r_l_l_)によるフリー画像